今日は宮さんのしめ縄とこも(ムシロ)作り。
毎年の事ながら素晴らしい完成度!
昔は宮仕えの人だけでしていたのだが、近年は集落の人がみんなで集まって作っている。おしゃべりしながら楽しいひとときだ。
それにしても大人3人が字のごとくワラを締め上げて「しめ縄」を作る様は、見ている方も力が入る。「しめ縄」っていう訳だな・・・
2013年12月21日土曜日
くしゃみをして褒められた!
田舎の人と交流をしていて癒されることがあるが、そのひとつに「褒め上手」がある。
もちろん、自分の家族に対してはそんなに「褒め上手」ということはなさそうだが、他の人への言葉掛けで、とにかく上手に褒める。
今日はみんなでしめ縄を作っていたのだが、そのときにくしゃみをした。なんとそのくしゃみを褒められたのだ。
「なんと是さん、若いなぁ!勢いがある!」
くしゃみをして褒められたのは人生初体験だったが、まんざら悪い気分でもなかった(笑)。
もちろん、自分の家族に対してはそんなに「褒め上手」ということはなさそうだが、他の人への言葉掛けで、とにかく上手に褒める。
今日はみんなでしめ縄を作っていたのだが、そのときにくしゃみをした。なんとそのくしゃみを褒められたのだ。
「なんと是さん、若いなぁ!勢いがある!」
くしゃみをして褒められたのは人生初体験だったが、まんざら悪い気分でもなかった(笑)。
2013年11月18日月曜日
第10回「おっきん!椋川」無事に終了
第10回「おっきん!椋川」無事に終了しました。
台風18号被害のとき、たくさんの方に支援・応援して頂いたおか げで開催することができました。「おっきん!」当日もスタッフは じめ、送迎バス運転のSさん、県立大学やECC学園高校のボラン ティアスタッフ、また各家でのお手伝い、キッズフリマの保護者の 方などたくさんの方にお手伝い頂きました。この場を借りてお礼を 申し上げます。おっきん!!!
当日は天候にも恵まれ、600名を越える方が来場されました。本 当にありがとうございました。「おっきん!椋川」は主催者・出店 者はもちろん参加者の方もお祭りの一員として楽しんで頂けるのを 心がけて企画・運営を目指してきましたが、予想を超える来場者で 指定駐車場は満車となり、路上駐車も多くなってしまいました。ま た早い時間に出店物が売りきれとなってしまい、楽しみにしていた 料理や品に出会えなかった方もあったと聞いております。いろいろ とご迷惑をおかけしたところもあったと思います。ただ来場者のか たも「みんなでつくる・おっきん!」をご理解していただいたのか 、大きな混乱はなかったようです。
この経験を糧として来年の「おっきん!」に活かしていこうと思い ます。みなさん、本当におっきん!でした!!!
台風18号被害のとき、たくさんの方に支援・応援して頂いたおか
当日は天候にも恵まれ、600名を越える方が来場されました。本
この経験を糧として来年の「おっきん!」に活かしていこうと思い
2013年11月14日木曜日
「おっきん!椋川」情報【ほぼ確定版!】
「おっきん!椋川」情報【ほぼ確定版!】
いよいよ11月17日に迫った「おっきん!椋川」企画がようやく 決まったのでお知らせします!いつもの椋川のおばちゃん・おじち ゃんのお店に加えていろいろなお店やイベントがあります。椋川と つながっている人たちがたくさん集まりますよ~!(椋川に縁のあ る個人や団体の方ばかりです。本当のつながりが生まれてるんです ね~)
・「おっきんニンニク」と餃子
滋賀県で毎年開催されている「アディクションフォーラム」の実行 委員会有志で、アウトドア活動として、椋川でニンニク栽培を試み 、この夏収穫されたニンニクを販売します。また、このニンニクを 使った餃子も販売されます。(指導養護施設退所者や社会的養護の 必要な若者支援を手掛けるNPO法人「四葉のクローバー」が経営 する「餃子屋竹の子」の餃子です)
・「天体写真撮影ミニ講座」
椋川にある天文台で「星空のソムリエ・中村真三さん(高島市在住 )」が自身で撮影された天体写真の展示をされます。併せて天体撮 影のミニ講座も開かれます。
・水彩画サークル「彩琶(いろは)」の水彩画展
高島市内で活動されている「彩琶」さんの水彩画展です。交流館で 展示されています。
・記念撮影&「フェイスマップ椋川」by「ECC学園高校写真部 ?」
「おっきん!」来場者に無料で記念撮影!プリントしてお渡ししま す。
撮影された方のうち「フェイスマップ」掲示がOKの人は、その写 真を「フェイスマップ」に貼り付けます。フェイスマップは大きな 模造紙に椋川の地図が書いてあり、ライスセンター前に張り出して あります。それに写真を貼り付けることにより、どんな人が村の中 を歩いているのかがわかるというもの。どんなマップができるか楽 しみです~♪
・「草木染め体験」
椋川に自生するモミジの木を煮詰めて染液をつくり、布を染めます 。
・「キッズフリマ」
子どものみ出店するフリーマーケットです。手作りおやつ、カード 、おもちゃ、コミックなどなど。バラエティに富むお店が並んでい ます。
・「地機の縦糸直し」
交流館にある地機の縦糸が乱れているので、「近江昔くらし倶楽部 」のメンバーが直しに来られます。興味のある方は是非覗いてみて ください。
・「間伐材でお箸づくり」by「高島森林体験学校」
スギやヒノキの間伐材でマイ箸を作れます!バーニングペン(小さ いはんだごて)で名前や文字を入れることもできます~♪
・「ドラム缶窯ビザ」
すっかり定番のお店になっています。今年も美味しいピザが焼き上 がります!!
・「ECC学園高校軽音楽部ライブ」
12時~ECC学園体育館で行います。音楽好きの高校生のサウン ドをお楽しみください。
・「佐々木拓人(クラシックギター)ミニコンサート」
昨年も演奏して頂いて好評だった佐々木拓人君(現・ECC学園高 校生)のミニ演奏会です。交流館にて11時30分と14時から行 う予定です(開催時間については当日会場で再確認してください) 。
・「モロコ」
椋川の休耕地で「ホンモロコ」の養殖しています。当日は、天ぷら などを食べて頂けます。
・「未来郵便局」
未来の自分に(誰かに)手紙を書こう!
1年後に責任を持ってポストに投函します。1年前からの自分から 届く手紙、なかなかおもしろいですよ!!
・「一輪車レース」(運搬用部門・乗用部門)
昨年は運搬用一輪車のタイムトライアルレースをしました。今年は 運搬用に加えて、小学生がよく乗っている乗用の一輪車のレース( タイムトライアル)もしますよ~♪参加したい人は、乗り慣れた一 輪車をもって来てくださいね~♪
12時半~14時頃開催。
・「スタンプラリー」
ゴールすると綿菓子と参加賞があります。(参加賞は数に限りがあ ります)
スタンプラリーのゴールは11時30分頃から受け付けます。
・「ノルディックウォーク」
ノルディックウォークとはボール(ストック)を使って歩く、新し いウォーキングスタイルです。ポールを使うことにより、足腰への 負担が大幅に軽減され、転倒の予防にもなります。会場で30組分 のポールを無料貸出しますのでご利用ください。(指導者はおりま せん。歩き方のポイントが書いてある説明書とともに、ストックを お貸しします)
・「レンタサイクル」
今年も観光協会の協力を得て、無料でレンタサイクルをお貸ししま す(利用にあたっては自己責任でお願いします)。例年10台を借 りていましたが、今年は20台にアップ!是非、ご利用ください。
いよいよ11月17日に迫った「おっきん!椋川」企画がようやく
・「おっきんニンニク」と餃子
滋賀県で毎年開催されている「アディクションフォーラム」の実行
・「天体写真撮影ミニ講座」
椋川にある天文台で「星空のソムリエ・中村真三さん(高島市在住
・水彩画サークル「彩琶(いろは)」の水彩画展
高島市内で活動されている「彩琶」さんの水彩画展です。交流館で
・記念撮影&「フェイスマップ椋川」by「ECC学園高校写真部
「おっきん!」来場者に無料で記念撮影!プリントしてお渡ししま
撮影された方のうち「フェイスマップ」掲示がOKの人は、その写
・「草木染め体験」
椋川に自生するモミジの木を煮詰めて染液をつくり、布を染めます
・「キッズフリマ」
子どものみ出店するフリーマーケットです。手作りおやつ、カード
・「地機の縦糸直し」
交流館にある地機の縦糸が乱れているので、「近江昔くらし倶楽部
・「間伐材でお箸づくり」by「高島森林体験学校」
スギやヒノキの間伐材でマイ箸を作れます!バーニングペン(小さ
・「ドラム缶窯ビザ」
すっかり定番のお店になっています。今年も美味しいピザが焼き上
・「ECC学園高校軽音楽部ライブ」
12時~ECC学園体育館で行います。音楽好きの高校生のサウン
・「佐々木拓人(クラシックギター)ミニコンサート」
昨年も演奏して頂いて好評だった佐々木拓人君(現・ECC学園高
・「モロコ」
椋川の休耕地で「ホンモロコ」の養殖しています。当日は、天ぷら
・「未来郵便局」
未来の自分に(誰かに)手紙を書こう!
1年後に責任を持ってポストに投函します。1年前からの自分から
・「一輪車レース」(運搬用部門・乗用部門)
昨年は運搬用一輪車のタイムトライアルレースをしました。今年は
12時半~14時頃開催。
・「スタンプラリー」
ゴールすると綿菓子と参加賞があります。(参加賞は数に限りがあ
スタンプラリーのゴールは11時30分頃から受け付けます。
・「ノルディックウォーク」
ノルディックウォークとはボール(ストック)を使って歩く、新し
・「レンタサイクル」
今年も観光協会の協力を得て、無料でレンタサイクルをお貸ししま
2013年11月6日水曜日
小規模学校に子どもを通わせるある親の気持ち その8
その3では「学校があるから地域が衰退する」というショッキング な書き方をしましたが、学校は地域にとってかけがえのない存在で あることには間違いありません。
地域の運動会や文化祭が行われて、年に数回程度ですが、校区内の 地域の多くの人が一同に会する機会を持つことができます。今津西 地区では、学校行事だけでなく「ふれあいお楽しみ会」などとして 、学校行事以外でも集まる機会を持っているくらいです。地域間の 交流が大切であることの表れだと思います。
そして「子ども」という存在自体が持つ意味。「尊さ」と言っても 良いのではないかと思います。地域に子どもがいて、学舎があり、 そこで育つ、ということは「未来」を感じさせるかけがえのないも のだと思います。ただこれを定量的に証明することは残念ながらで きないのですが。
椋川には小学校はありませんが、今はECC学園という通信制の高校なっています。時々スクーリングで生徒たちがやって くると、授業のチャイムが鳴らされるのですが、「このチャイムの 音がなんとはなしに嬉しいんや。生徒の声も一緒に聞こえたりする し、にぎやかでええの」と嬉しそうに話してくれるおばあちゃんが います。チャイムの音にいろいろな思い出も重ね合わせているのだ ろうな、と感じています。
ただ、気になることもあります。
地域出身の子どもがいなくなると、学校への熱が少し冷めてしまう 、という事があるように感じます。もちろんそれとは関係なく、熱 心に学校のお手伝いを続けてくださる方もおられますが、総じて「 冷める」傾向は否定できないと思います。というか、直接的に関わ る地元の人がいなくなるわけですから、当然と言えば当然なのです が。
逆に考えれば、直接的に関わる人がいないにもかかわらず、学校へ 関わり続ける地域の人たちが多いという事実から地域にとっての学 校のかけがえのなさを感じ取ることができるともいえます。
~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~
この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるもので はありません。
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのこ とではない、という事がわかっていただけるのかなぁ・・・と思っ ています。
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
地域の運動会や文化祭が行われて、年に数回程度ですが、校区内の
そして「子ども」という存在自体が持つ意味。「尊さ」と言っても
椋川には小学校はありませんが、今はECC学園という通信制の高校なっています。時々スクーリングで生徒たちがやって
ただ、気になることもあります。
地域出身の子どもがいなくなると、学校への熱が少し冷めてしまう
逆に考えれば、直接的に関わる人がいないにもかかわらず、学校へ
~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~
この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるもので
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのこ
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
小規模学校に子どもを通わせるある親の気持ち その7
その6からのつづきです
この文書自体は、とても大事なことで、私たちが子どもが教育を受 ける権利を保障するものです。当然なくてはならない書類なのです が、いざこの書類に印を押す、ということは、今まで椋川の人が大 切に守ってきた学校を無くしてもいいですよ、と判断することに違 いはありません。(形を変えて残るわけですが・・・)
たしかにこの段階では、「廃校にしてECC学園高校を誘致する」 という集落内での合意もできていましたが、こんな大事な事の、し かも結論が決まっているのに最後に必要なのがボクのハンコかっっ ?!
その6で割愛しましたが、椋川分校の歴史に少し触れさせてくださ い。
椋川分校は昭和53年に建て替えられましたが、平成元年から生徒 数がゼロになり、休校状態となりました。その後平成6年頃に、椋 川分校の裏山が「椋川山の子学園」キャンプ場として整備されてキャンプ場の避難施設として、また今津町や近隣の小中学校 の林間学校の会場としても活用されてきました。その間もずっと椋 川区婦人会が月2回の割合で校舎の清掃、整備を続けてくださって いました。椋川の先人が作った学校を大切にしよう、子どもが来た らまたここで学んでほしい、そういう気持ちがこもっていたのだと 思います。ECCの方が来られて、校舎を見学したときにあまりの きれいさに「本当に20年も休校だったのですか?」と言わしめる ほどでした。本当に本当に大切にされてきた学校だったのです。
そいて、いよいよ椋川に子どもができて、子どもの声が響き渡るか ・・と思いきや、そうとはならず廃校になってしまう。椋川の歴史 と住んでいる人の思いがつまった学校を、地元で育ってもいないよ そ者のハンコで決まってしまう。。。
地域の人の同意がすでにあったとしても、本当にこれは辛かったで す。
現に、女房は「絶対に印は押さない。押すならあなたが押してね」 と言いだし、これに関しては口もきいてくれませんでした。
最終的には、私が印を押すことになるのですが、これは今でも不幸 な思い出として刻み込まれています。いくらECCが学校として成 功して、椋川が元気になったとしてもしこりのように残ると思いま す。
それにしてもこの書類、地区全体の人からとか、該当地区の区長全 部からもらうとか、そういう形にならないものでしょうか・・・。 こういう書類には2度とハンコを押したくないです。
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この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるもので はありません。
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのこ とではない、という事がわかっていただけるのかなぁ・・・と思っ ています。
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
この文書自体は、とても大事なことで、私たちが子どもが教育を受
たしかにこの段階では、「廃校にしてECC学園高校を誘致する」
その6で割愛しましたが、椋川分校の歴史に少し触れさせてくださ
椋川分校は昭和53年に建て替えられましたが、平成元年から生徒
そいて、いよいよ椋川に子どもができて、子どもの声が響き渡るか
地域の人の同意がすでにあったとしても、本当にこれは辛かったで
現に、女房は「絶対に印は押さない。押すならあなたが押してね」
最終的には、私が印を押すことになるのですが、これは今でも不幸
それにしてもこの書類、地区全体の人からとか、該当地区の区長全
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この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるもので
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのこ
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
小規模学校に子どもを通わせるある親の気持ち その6
じつは私、一つの学校を廃校にさせた経歴を持っています。
「高島市立今津西小学校椋川分校」です。
この学校は、現在、ECC学園高等学校という通信制の高等学校になっており、私の職場でもあります。
椋川分校の話をすると、それだけで5話くらいに話になりそうなので、大幅に割愛しますが、この学校は椋川出身の大谷仁兵衛さんが、大正時代に私費を投じて地元に校舎を寄贈された学校なのです。現在の校舎は、昭和53年に建て替えられていますが、地域の方の「おらが村の学校」という気持ちはとても強いのがよく理解できます。
さて学校が、統廃合されるときに誰の最終判断で決まるのか…?
教育委員会?市長?市町村議会?
じつは、その学校の学区内で暮らす子どもの保護者なのです。(こういう書き方が行政的に適当なのかはわかりませんが、わたしはそういうふうに捉えています)
私がこちらに引っ越した2001年当時、椋川分校にはすでに生徒はおらず「休校」の状態でした。ただ「休校」の学校は、あくまでも休ませているだけで、その学区域に生徒がいて保護者が求めれば、たとえ生徒数が一人でも「休校」を解いてそこに子どもを通わせることができるのです。
さて、もう7年前になるでしょうか、ECCが学校を作るために高島市や地元と協議を重ね、学校を作る方向で結論がでます(私もその協議を間接的に知っていました)。小学校を高等学校にするわけなので、「休校」ではなく「廃校」にする必要があります。椋川分校が小学校としての役目を永久に絶たれることを意味します。もちろん私の子どもが椋川分校で学ぶこともできなくなります。当時、椋川にいる子どもは私たちの子どものみ。増える見込みはありません(子どもを増やしたいという意気込みは120%でしたが…)。廃校になった場合、約6キロ離れた本校に通うことになりますが、椋川の環境とよく似ているし、すでに何度も学校行事に参加していて学校の雰囲気もよく知っていました。「歩いて通える学校に行けない」という残念さは大きかったですが、替わりにできるものも「学校」だし、椋川の自然や文化を活かして地域と人とも交流できるので、今後の椋川のむらづくりにもプラスになるだろう、という判断でモヤモヤした思いはたくさんありましたが廃校に「賛成」でした。
椋川分校が廃校となる方針が決まった後、ある日家に教育長さんが書類に書名捺印をしてください、と来られます。その書類は、「我が子を椋川分校に通わせない」という意思確認書(同意書?)でした。もし私がこの書類に印を押さなければ、廃校方針は撤回され、高等学校もできないということになります。
この文書自体は、とても大事なことで、私たちが子どもが教育を受ける権利を保障するものです。当然なくてはならない書類なのですが、いざこの書類に印を押す、ということは、今まで椋川の人が大切に守ってきた学校を無くしてもいいですよ、と判断することに違いはありません。(形を変えて残るわけですが・・・)
その7につづく
~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~
この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるものではありません。
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのことではない、という事がわかっていただけるのかなぁ・・・と思っています。
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
「高島市立今津西小学校椋川分校」です。
この学校は、現在、ECC学園高等学校という通信制の高等学校になっており、私の職場でもあります。
椋川分校の話をすると、それだけで5話くらいに話になりそうなので、大幅に割愛しますが、この学校は椋川出身の大谷仁兵衛さんが、大正時代に私費を投じて地元に校舎を寄贈された学校なのです。現在の校舎は、昭和53年に建て替えられていますが、地域の方の「おらが村の学校」という気持ちはとても強いのがよく理解できます。
さて学校が、統廃合されるときに誰の最終判断で決まるのか…?
教育委員会?市長?市町村議会?
じつは、その学校の学区内で暮らす子どもの保護者なのです。(こういう書き方が行政的に適当なのかはわかりませんが、わたしはそういうふうに捉えています)
私がこちらに引っ越した2001年当時、椋川分校にはすでに生徒はおらず「休校」の状態でした。ただ「休校」の学校は、あくまでも休ませているだけで、その学区域に生徒がいて保護者が求めれば、たとえ生徒数が一人でも「休校」を解いてそこに子どもを通わせることができるのです。
さて、もう7年前になるでしょうか、ECCが学校を作るために高島市や地元と協議を重ね、学校を作る方向で結論がでます(私もその協議を間接的に知っていました)。小学校を高等学校にするわけなので、「休校」ではなく「廃校」にする必要があります。椋川分校が小学校としての役目を永久に絶たれることを意味します。もちろん私の子どもが椋川分校で学ぶこともできなくなります。当時、椋川にいる子どもは私たちの子どものみ。増える見込みはありません(子どもを増やしたいという意気込みは120%でしたが…)。廃校になった場合、約6キロ離れた本校に通うことになりますが、椋川の環境とよく似ているし、すでに何度も学校行事に参加していて学校の雰囲気もよく知っていました。「歩いて通える学校に行けない」という残念さは大きかったですが、替わりにできるものも「学校」だし、椋川の自然や文化を活かして地域と人とも交流できるので、今後の椋川のむらづくりにもプラスになるだろう、という判断でモヤモヤした思いはたくさんありましたが廃校に「賛成」でした。
椋川分校が廃校となる方針が決まった後、ある日家に教育長さんが書類に書名捺印をしてください、と来られます。その書類は、「我が子を椋川分校に通わせない」という意思確認書(同意書?)でした。もし私がこの書類に印を押さなければ、廃校方針は撤回され、高等学校もできないということになります。
この文書自体は、とても大事なことで、私たちが子どもが教育を受ける権利を保障するものです。当然なくてはならない書類なのですが、いざこの書類に印を押す、ということは、今まで椋川の人が大切に守ってきた学校を無くしてもいいですよ、と判断することに違いはありません。(形を変えて残るわけですが・・・)
その7につづく
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この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるものではありません。
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのことではない、という事がわかっていただけるのかなぁ・・・と思っています。
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
小規模学校に子どもを通わせるある親の気持ち その5
小規模学校でやり玉にあがるのが運動会です。
全校児童6名の小学校では、50・80・100m走の競技はすべ て一人で走ります。競走する相手は、自分。過去のベストタイムと の競走になります。広いトラック、をたった一人で走るわけですか ら、傍で見ていると寂しいことこの上ないことになります。
普通なら6人くらいが走って、1着から6着までの順位が決まる。 1着を喜ぶ子、2着で悔しがる子、5着で居場所無さそうに肩を落 とす子。何着になっても別に~という様子の子。この悲喜こもごも な様子(経験)がないとなにか寂しいというか、いずれ投げ込まれ るであろう競争の海で大丈夫なのか、という心配がよぎってしまう のでしょうか...。
さてちなみに前回の運動会では、ヨーイドンで一人ずつ走り、長女 はベストタイムに0.1秒届かず、長男はベストタイムを更新、と いう結果でした。
運動会が終わって、子供たちに、今日はどうだった?と感想を聞いてみ ました。長男は「一輪車に乗れるようになった!」で、長女のほう は「お弁当を食べるときに、村のおじいちゃんに『速く走れるよう になったな、とほめられた』こと」と答えました。ベストタイムに は届かなかったけれど、お弁当の時に横で食べていた近所のおじい さんは、去年より足が速くなったのを感じて褒めてくれたんですよ ね。
この言葉を聞いたときには「本当にこの学校でよかった」と心底思 いました。
地域の中で暮し、そして自分もその人たちに見守られて育っている んだ、ということを子どもも実感できたと思います。
地域の教育力向上とか地域の絆づくりとか、地域の見守りリーダー づくりとか、散り散りバラバラになってしまっている地域コミュニ ティを再生させるべく、税金と労力を使っていろいろな試みが行わ れていますが、この過疎の山里ではそんな試みをする必要もなく当 たり前に地域との絆をはぐくむことができると感じています。
人間、一人では生きていけません。協力し合うことはもちろんです が、自分が社会の中にいて、その一部として生きているんだ、とい う実感がとても大切です。働いていれば、社会的地位につければ、 それでよい、というわけではないのです。働き盛りの人が、社会的 地位にある人が自死することは珍しくありません。自死を選択する 人の理由はいろいろあるでしょうが、社会の中で自分が生きている んだ、という実感がある人は、そう簡単には自死という選択はしな いと思っています。
そうそう、10行くらい上に「当たり前」と書きましたが、住んで いれば当たり前に絆が育まれるか、といえばそうではないと思いま す。
親が地域とのかかわりを持ち、そのことを子供に伝え、その姿を見 せる、これがなければ子どもが地域との絆を感じることは難しいと 思っています。
ということで、広い運動場を一人で競走する姿を挙げて、「これで は可哀想だ」「こんなことでは競争社会を生きていけない」という ご指摘には、私は同意できません。少なくとも私の子どもにとって はかけがえのない経験の場であると感じていますゆえ。
~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~
この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるもので はありません。
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのこ とではない、という事がわかってもらえるのかなぁ・・・と思って います。
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
全校児童6名の小学校では、50・80・100m走の競技はすべ
普通なら6人くらいが走って、1着から6着までの順位が決まる。
さてちなみに前回の運動会では、ヨーイドンで一人ずつ走り、長女
運動会が終わって、子供たちに、今日はどうだった?と感想を聞いてみ
この言葉を聞いたときには「本当にこの学校でよかった」と心底思
地域の中で暮し、そして自分もその人たちに見守られて育っている
地域の教育力向上とか地域の絆づくりとか、地域の見守りリーダー
人間、一人では生きていけません。協力し合うことはもちろんです
そうそう、10行くらい上に「当たり前」と書きましたが、住んで
親が地域とのかかわりを持ち、そのことを子供に伝え、その姿を見
ということで、広い運動場を一人で競走する姿を挙げて、「これで
~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~ ♪ ~~~
この「小規模~」シリーズは、学校の統廃合の是非を訴えるもので
小規模学校では何が起こっているのか、
小規模学校を抱える地域では何が起こっているか、
そこで学校に子どもを通わせている親の気持ち、
そして可能な限り子どもの気持ち、
などなど、をみなさんに知って頂きたいのです。
小規模学校の問題は、じっくり呼んで頂ければ小規模学校だけのこ
まだまだ続きますので、おつきあい頂ければ幸いです。
小規模学校に子どもを通わせるある親の気持ち その4
その3にある「2家族」のうちの1家族のお父さんはよく知ってい ます。
何度かお酒を飲みながら話をしたことがあります。
引っ越すにあたっては本当に悩まれていました。同郷の同世代はど んどん郷を離れ、町に引っ越し行きます。でも彼はその流れには乗 らず、郷里での暮らしを選択し(長男だったので選択せざるえなか ったのかもしれませんが)、結婚後も郷里で暮らしていました。で も子どもが大きくなるにつれ、子どもにせがまれるようになります 。
「大きい学校に行きたい!」「どうして通えないの?!」
これは親としてつらい言葉です。
これがまだ他に同じような子どもがたくさんいれば「ここからは通 えないんだ。中学校まで待とう」と声をかけられるかもしれません 。でも、その子はまわりの友達がどんどん町に引っ越すのを見てき ているし、当然、親はそのことを知っています。
この話をしながら、ラグビー選手のように大きい体の彼が、身体を震わせ泣いてい たのをよく覚えています。
彼にこの話を聞いて以後、地域の人に「どうして息子さんたちは他 所で暮らすようになったのですか」と聞き回りました。
「勤め人になって、通勤が大変だから」「雪が多い地域だから冬の 通勤が大変」という理由が当然多いのですが、中には「子どもをこ んな小さな学校に通わせても競争がないからあかん。だから町に住 まわせた」と言われる人も結構おられました。
思うに、「仕事理由」と答えた人の中にも少なからず「子ども(孫 )理由」の人も多いと思っています。なぜなら、椋川からJR駅ま で車で25分。学校のある地区からならば15分程度で駅まで行く ことができます。大阪や京都まで通勤しているのであればいざしら ず、高島市内の職場で働く人ならばそれほどの通勤時間ではありま せん。冬場にしても、除雪体制が整ってきているので、よほどの大 雪でなければ朝の7時には道はしっかり除雪されます。確かに雪か きは大変ですが、この地域がそんなに「不便」な場所には私には思 えないのです。
高度経済成長という時代背景はあったにせよ「競争しなければ子ど もは育たない」という考え方がしっかりあって、こんな田舎に住ん でいても「芽はでない」的な感覚が支配的だったといえます。
木材の価格も高かったので、山を売って、子どものために町に家を 買った、建てた人はとても多かったのだろうと思います。
若者が地域から出て行ってしまったのは、「産業構造が変わって仕 事が無くなったから」という社会的要因だけでなく、「地域に残っ た親たちが意図的に行った(行わざるえなかったのかもしれません が・・・)」という要因も無視できないくらい大きいと思います。 そして、地域に暮らしたいと願った最後の若者夫婦は、我が子の「 大きい学校に行きたい」という声で、町にでる選択をせざる得なか ったのです。
中山間地にある学校が加速度的に児童数を減らしたのは、このよう な構図があったのです。
何度かお酒を飲みながら話をしたことがあります。
引っ越すにあたっては本当に悩まれていました。同郷の同世代はど
「大きい学校に行きたい!」「どうして通えないの?!」
これは親としてつらい言葉です。
これがまだ他に同じような子どもがたくさんいれば「ここからは通
この話をしながら、ラグビー選手のように大きい体の彼が、身体を震わせ泣いてい
彼にこの話を聞いて以後、地域の人に「どうして息子さんたちは他
「勤め人になって、通勤が大変だから」「雪が多い地域だから冬の
思うに、「仕事理由」と答えた人の中にも少なからず「子ども(孫
高度経済成長という時代背景はあったにせよ「競争しなければ子ど
木材の価格も高かったので、山を売って、子どものために町に家を
若者が地域から出て行ってしまったのは、「産業構造が変わって仕
中山間地にある学校が加速度的に児童数を減らしたのは、このよう
小規模学校に子どもを通わせるある親の気持ち その3
「学校があるから地域が衰退する」
???どういうこと???逆じゃないの???
と、100人中99人以上の人は思うはずです。私もその一人でし た。
でも、この言葉、あながち嘘ではないのです。
というよりはむしろ、日本中の小規模学校の周りの地域で起こって いる、と想像できます。でも、そのことを都会に住む人は想像だに できないし、また地域の人もあまり語ろうとしません。
「学校があるから地域が衰退する」
この理屈は簡単いうと以下のようになります。
①小規模学校がある
→
②子どもをそんな学校に通わせたくない
→
③でも、学区制があるから他の学校に通わすことは不可能(近くに 私立学校があれば別)
→
④小規模でない学校の校区へ引っ越す
→
⑤子育て世代が地域からいなくなる
→
⑥ますます学校が小規模になる
→
②へもどる・・・・
なるほど、その通りなのです。ものすごいスパイラルですよね。
ちなみに私が椋川へ来てからでも2家族が、上の図式にしたがって 駅に近い学校の校区へ出て行っています。
地域から人口が流出した理由は「産業構造が変わって仕事が無くな ったから」だけではなかったのです。もちろん、これは大きなイン パクトだったのは間違いないのですが、とどめを刺したのが上に書 いたスパイラルなのです。
(その4につづく)
???どういうこと???逆じゃないの???
と、100人中99人以上の人は思うはずです。私もその一人でし
でも、この言葉、あながち嘘ではないのです。
というよりはむしろ、日本中の小規模学校の周りの地域で起こって
「学校があるから地域が衰退する」
この理屈は簡単いうと以下のようになります。
①小規模学校がある
→
②子どもをそんな学校に通わせたくない
→
③でも、学区制があるから他の学校に通わすことは不可能(近くに
→
④小規模でない学校の校区へ引っ越す
→
⑤子育て世代が地域からいなくなる
→
⑥ますます学校が小規模になる
→
②へもどる・・・・
なるほど、その通りなのです。ものすごいスパイラルですよね。
ちなみに私が椋川へ来てからでも2家族が、上の図式にしたがって
地域から人口が流出した理由は「産業構造が変わって仕事が無くな
(その4につづく)
小規模学校に子どもを通わせるある親の気持ち その2
小規模学校となると、このご時世、統廃合問題が必ず降りかかって きます。私が椋川に引っ越してきた2001年、この学校はすでに 全校生徒が10数名だったと思います。普通ならとっくに統廃合さ れていてもおかしくない状況ですが、この学校はそのような議論す ら無かったようです。それというのも地域の方が学校を守ろうと、 山村留学の子どもを受け入れたり、校区外からの入学を認める「山 里通学」をしていたからです。山村留学の先進地へ地域の方が視察 研修に行ったりもしたそうです。
現に、2001年当時の在校生のうち、地元生まれの子どもは半分 くらいで、残りの半分は親子でこちらに越して来た子や、「山里通 学」の子どもでした。ただ、子どもだけを受け入れる「山村留学」 は、里親となる地域の方が高齢化などで受け入れる世帯が無かった ようで、実現はできなかったと椋川のある方が話しておられました。
親子で移り住む「山村移住」の場合は里親の心配はなく、親子が一 緒に生活するので実現のハードルは低くなります。でも、やはり問 題はあります。家の確保や、親の仕事といったハードの面です。当 時の小学校の校長先生がとても積極的で、親子の受け入れのみなら ず、空き家の確保や職探しに奔走されていたのをよく覚えています 。
とはいえ、家が見つかって親子が入ってもなかなか大変なのです。
入ってきた親子(特に親のほう)と地域の関係です。
子どもは学校さえなじむことができれば、順調にいくようです。た だでさえ子どもは適応力は大きいですし、仮に、人付き合いが苦手 な子どもでも少人数の学校なので先生のフォローがしっかり行き届 きますので・・・。
一方、親の方は難しい。私が知っているだけでも2世帯の親子が卒 業を待たずに親の都合で転出していきました。
一方の家族は、父親の仕事が収入面で見つからなかったことと、母 親が田舎暮らしになじめなかった事。
もう一方の家族は、家主の承諾を得ずに犬をたくさん飼育(ブリー ダーとして)しはじめ、家主はもちろん地域の方とももめてしまい 出て行くことになりました。
特に後者の家族を受け入れていた地域はその「事件」以降、家族受 け入れの方針を180度転換して、「受け入れ拒否地区」となって しまっています。
もちろんうまくいっていた親子もあるので、上の例は個人的な選択 ミスとも言えなくもないのですが、前者の家族の場合は、事前の十 分な情報交換や準備ができていたのか、後者の場合は親子ー学校ー 地域の連携がうまくとれていたのか、という懸念はあります。後者 の場合は、地域の方針まで変えてしまった訳で、その後の学校の生 徒増加の取り組みのブレーキになってしまったことは間違いありま せん。
とはいえ、成功と失敗がありながらも、地域の支えで小さな学校が 統廃合の対象とならなかった事は紛れもない事実だと思います。
現に、2001年当時の在校生のうち、地元生まれの子どもは半分
親子で移り住む「山村移住」の場合は里親の心配はなく、親子が一
とはいえ、家が見つかって親子が入ってもなかなか大変なのです。
入ってきた親子(特に親のほう)と地域の関係です。
子どもは学校さえなじむことができれば、順調にいくようです。た
一方、親の方は難しい。私が知っているだけでも2世帯の親子が卒
一方の家族は、父親の仕事が収入面で見つからなかったことと、母
もう一方の家族は、家主の承諾を得ずに犬をたくさん飼育(ブリー
特に後者の家族を受け入れていた地域はその「事件」以降、家族受
もちろんうまくいっていた親子もあるので、上の例は個人的な選択
とはいえ、成功と失敗がありながらも、地域の支えで小さな学校が
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